別にヤキモチなんて妬いてないの。 この私がそんなこと、あるはずがないでしょう? ただ少しだけ驚いて、いつもよりもちょっと多めに腹が立っただけよ。 本当に、それだけなんだから。 Happy Happy Birthday! 久々に訪れた彼の部屋は、普段通り特に乱れた様子もなく綺麗に整頓されていた。 食器は全て食器棚の中。書きかけの書類も、広げたままではなくテーブルの片隅に寄せられている。 不器用が不器用なりにたたんだ洗濯物も、とりあえず見苦しくない程度には片付いていた。 けれど…… 一つだけいつもと違ったのは、ソファの後ろ。 ぎっしり詰まった本棚の一番下の段に、隠すように押し込まれていた沢山の贈り物。 それは明らかに、仕事に追われていた私が祝い損なった、彼の生まれた日に対する心づくしの品物たちだった。 「これは……どういうことかしら?」 「む!? そ、それは……」 不意を突かれた彼の表情は、口を開く間でもなく驚き戸惑っている。 それにこの送り主が女性であることを確信して、自分でも分かるほどに眉根が寄るのを感じた。 「良かったわね……大勢祝ってくれる『女性達』がいるようで」 殊更に力を込めた言葉の持つ意味に、普段は鈍感な彼もさすがに何かを感じ取ったのだろう。 一瞬だけしまったという表情を見せると、片方の眉を軽く上げて呆れたようなため息を漏らした。 「別に、私が自ら誕生日であることを吹聴したわけではない」 「当然でしょう」 そんなみっともないこと、あなたがするはずがないじゃない。 どうせ捜査に出かけている間に、デスクの上にでも置かれていたに決まってるわ。 「私が少しばかり席を外している間に、いつの間にか持って来たものばかりなのだ」 「あら、そう」 ほらね、やっぱりそうでしょう? きっとそんなことだろうと思ったのよ。 だいたい普段から愛想の一つも出来ないあなたが、ニコニコ笑いながらあれを受け取る場面なんて想像が出来ないもの。 口を開けば「うむ」とか「ああ」しか言わない相手なら、いてもいなくても大して変わりはないでしょうね。 「そのような経緯があったにも関わらず、それでも君はこの品々に対して何か気に入らないことがあるとでも言うつもりなのか?」 「誰が気に入らないと言ったのよ?」 「……ならどうしてそんなに不機嫌なのだ?」 「私のどこが不機嫌そうに見えて?」 我ながら刺々しい声で返事を返すと、目の前の彼はそれ以上の追及を諦めた様子で小さく肩を聳やかす。 その仕草が、あからさまに“仕方のないヤツだ”と物語っているようで。 ここに来た本来の目的を思い起こし、どうにか治めようとしつつあった怒りが、あっけなく煽られていくのを感じた。 別に贈り物が気に入らないわけじゃないわ。 ただ……あれだけ愛想がなくて鈍感で、気の利いたことの一つも言えない彼に対して、これだけの女性が誕生日を調べて贈り物を選んで。 決して気軽に出入り出来るわけでもない、あの部屋までやって来たという事実が面白くないだけよ。 きっと恐らく、少しくらいは勇気が必要なはずだもの。 そうよ、ちょうど今の私のように。 「……ところでメイ?」 「何よ」 「さっきから気になっているのだが」 「どうしたと言うのよ?」 ソファに座り脚を組んだ彼は、すぐ隣に立ったままの私に一瞬だけ眼差しを向けると、見慣れたいつもの勝ち誇った笑みを口元に浮かべる。 それに少しばかり不安を覚えながら、私は次に彼が発する言葉を待っていた。 「その手に大事そうに持っているそれは、一体何なのだ?」 「!?」 後ろ手に隠していたそれを仕舞い込む暇もなく、伸ばした彼の長い腕があっさりと小さな包みを手中に収める。 咄嗟に取り返そうと身体を捻っても、立ち上がった彼の頭上に掲げられた場所まで、私の手が届くはずもなかった。 「か、返しなさい!」 「断る」 短く答えると同時に、掲げた手はそのままに器用に包みを開いていく。 まったく、どうしてこんなときに限って器用に動くのよその指は! 忌々しさに唇を噛みながらも、最低限破くだけでその包みは見る見る露になっていく。 「ほう」と言う小さな声を耳にしたとき、彼の大きな手のひらには私が選んだ一本の万年筆が乗せられていた。 「……これは誰に買ったものなのだ?」 「……私よ、悪い?」 それは嘘。 何を贈ればいいのか頭を悩ませて、彼愛用の万年筆が古くなっていたのを思い出し、わざわざ専門店を何軒も回って選んだのよ。 「それにしては少し重いし、第一君の好む色でもないだろう?」 「……たまには違うものを使ってみたかったのよ」 それも嘘。 彼の好きな色を探し、書き心地を確かめ、結局欲しい色が店頭になくて、店員を急かせてどうにか誕生日に間に合うよう取り寄せてもらったんだもの。 でも結局、その日に渡すことは不可能だったけど。 「嘘をつくと偽証罪に問うが、それでもいいのか?」 背後に立つ彼が、少しずつ近付いているのに気付く。 何もかも分かっていて、それでも敢えてこうして言わせようとするのだから本当に性質が悪い。 いつの間にか立場が逆転していることを腹立たしく感じながら、言うのはよそうと思っていた言葉を渋々口にした。 「……あなたに渡そうと思って、買ったのよ」 呟いたその声は、最後になるにつれ消え入りそうなほど小さなもので。 それでもそれを聞いた彼の気配が、ふっと和らいだ暖かいものへと変わるのが背中から伝わる。 こんな風に嫌々渡すのではなくて、もっとちゃんと、素直に祝ってあげたかったのに…… そう思うと今更ながら悔しさが込み上げて、瞼の裏側がじんわりと熱を持つのを感じた。 「こっちを向きたまえ、メイ?」 優しいその声にも、振り向く気にはなれない。 だってきっと、今の私は情けない顔をしているはず。耳まで熱くなっているのに、そんなこと出来るわけがない。 黙り込んだ私の肩を、彼の手が包み込む。ゆっくりと向きを変えてから、膝を折った彼が少し心配そうに顔を覗き込んだ。 「せっかくなのだ、祝ってくれないか?」 七つも年上のくせに、時折こうして甘えるような顔を見せるのが情けなくて癪に障る。 けれどそれと同時に、こんな彼を知っているのは私だけなのだと改めて言われているようで。 結局、最後にはそれを何もかも許してしまう。 意地ばかり張って素直になれない私を受け止める彼も、きっと同じような理由からなのだろう。 「お誕生日おめでとう、レイジ」 どうにか言葉になったその声に、彼の表情は瞬時に満たされたものへと変わる。 愛想なんてこれっぽっちも持ち合わせてないくせに、まるで子供のように無邪気に笑う顔は、彼が心から喜んでいることを何よりも雄弁に私に伝えていた。 「ああ、ありがとうメイ」 そう言った彼の唇が、突然、額にそっと触れる。 それに恥ずかしいような擽ったいような、落ち着かない気分にさせられて、私は別に怒っているわけでもないのに、見下ろす彼の顔を睨み上げずにはいられなかった。 「祝ってくれる人なら、他にもいるのでしょう?」 肩に添えていた手を振り解かれて、彼は面食らった顔でそのまま立ち尽くしている。 そしてしばらくまじまじと私を眺めた後、やがてゆっくりと口を開いて静かな口調でこう言った。 「あの品々は、ちゃんと贈り主の手に返そうと思っている。その気もないのに品物だけ受け取るなど、どう考えても私の主義に反しているからな」 そんな主義を持っていたなんて始めて聞いたわ。でもまあ、なかなかに感心な心がけね。 そう感じて少しだけ笑うと、ふと思いついた事柄をそのまま口にする。 「贈ってくれたことに対するお礼は、ちゃんと伝えた方がよくってよ。みんなそれなりに、勇気を出して持って来たのでしょうから」 「……」 私は何か変なことを言ったのだろうか? 彼は驚いた風に目を見開き、そして穏やかに微笑んで何度か頷いた。 「成長するのは、私だけではないということか……」 そう言って自嘲気味に笑うと、またしても不意打ちで抱き寄せられて。 引き剥がそうかと考えたものの、これも誕生日祝いだと思って大人しくしてみる。 おめでとうレイジ、そしてありがとう。あなたの一年が幸せなものでありますように。 そしてその隣に、いつもこうして寄り添っていられますように。 言えなかった言葉が伝わるよう願いを込めて、背中に回した両の手にそっと力を込めて抱き締めた。
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もぅ随分昔いただいたSSです。 壁紙の画像などもいっしょにいただいたのですが、引越しとかゴタゴタしてるうちに無くしてしまいました(スミマセン;) 改めて読ませてもらっても やはり冥たんが可愛すぎて鼻血ものです(* ̄ii ̄*;)ハァハァ |